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ものだらけの世界に住んで

Living In The Material World
by George Harrison

いきなり話がずれて恐縮だが、ジョン・レノンの『イマジン』は名曲だと思う。平和で誰もが幸福に生きることのできる世界を歌ったこの曲は誰も文句のつけようのない文字通りの名曲だろう。でもちょっと待って欲しい。世の人はほんとにこの歌を知って素晴らしいと思っているのか?最初の歌詞を直訳すると「想像してごらん、天国なんてないと」である。のっけから宗教的世界の存在を否定している(このあと「宗教もない」という歌詞が実際に出てくる)。それだけじゃない。こんな歌詞もある。“Imagine no posessions...”直訳すると「想像してごらん、財産なんてないと・・・」である。この曲は今でも平和運動などがあると決まって使われてるけど、戦争をやめろという人がみんなこんな決心してたら、とっくに社会主義革命が起きている。ぼくは声を大にしていいたい。『イマジン』は「危険思想」だと。「アカ」だと。それでもあなた方はこの歌を支持するのかと。(ぼくはもちろん支持するけれども)。

ジョージ・ハリスンの最大の魅力は何よりも天才ぶってないことだと思う。愛も平和も革命も、どんなことでも簡単に曲(それも名曲だ)を作ってしまうジョン・レノン氏の才能には敬服してしまうけれども、やはりたとえ等身大ではあっても一人の人間がリアルに描きだした世界は時として居心地の悪さを感じてしまう。音楽とは何かと訊かれたら、心地よさと時々のメッセージだとぼくは答えたい。先ほどから引き合いに出しているレノノミュージックを始めだいたいの音楽はそういうものだとぼくは感じるが、耳に心地よくそれでいて訴えるものを持っているという意味で、そしてそれを僕ら凡人にもわかるという意味で等身大に表現しているという点で「静かなるビートル」のセカンドソロはとても秀逸な作品だと思う。

この“Living in the material world”のテーマは簡単にいってしまえば“Love & Peace”だと思う。ただし、レノン氏のような危険思想ではなくジョージの宗教観に基づいたものになっている点でとても興味深いものに仕上がっている。後に彼の親友E.Cと結婚した当時のハリスン夫人にあてたと思われる“Don't let me wait too long”や宗教的な「愛」を歌ったとも一般的なラヴソングともとれる“Who can see it”、“Be here now”、唯物主義への自戒と警告となっているタイトルトラックなども素晴らしいが、ぼくが特記したいのが以下の2曲である。

まず、このアルバムからのファーストシングルであり、ジョージ・ハリスン二枚目の全米ナンバーワンヒットである“Give me love(Give me peace on earth)”である。「愛を下さい。この地に平和を下さい。光を下さい。命を下さい云々」とただひたすらに祈るだけのシンプルな(実際過度な音色のないアコースティックな落ち着いた仕上がりである)曲であるが、レノン氏の「想像すれば世界が変わるんだ」という分かり易いがいかにもインテリの自己満足的な似非行動主義と比べたらどれだけリアリティのあることか。冠婚葬祭時にだけ神様仏様を酷使するという疑似唯物主義者の日本人にはわからないかもしれないけれど(別にぼくは特定の宗教を信じているわけではないから偉そうなことは言えないが)やはり祈るというスタイルはとても分かり易いメッセージだと思う。音楽的なことはよくわからないけどイントロの変則的なアコースティックギターも祈るという行為をとてもうまく表現していると思う。人が祈るときその祈りが本気であればあるほどそれはしばしばたどたどしいような心の響きとなる。それがとてもうまく表現された曲なんじゃないかな?

そしてもう一曲、タイトルトラックの候補ともなった“The light that has lighted the world”。この曲はタイトルを見ればわかるとおり世界を照らす光(つまり神様みたいなもののこと)について歌った曲である。もうこれは聴いてもらうしかないのだが、フィル・スペクター風の「ウォール・オブ・サウンド」とジョージの声と歌詞が相まって「神々しい」としか表現しようのない素晴らしい世界をつくり出している。

なぁんて長々と書いてきましたが、いいたいことは簡単で“Love&Peace”はジョン・レノンの専売特許じゃないんだよと。「ロック界の金字塔」とかいわれるファーストだけが有名だけど、ジョージ・ハリスンは他のアルバムもなかなか味わい深いぞと。特にこのセカンドアルバムはいいぞと。是非皆さんも聴いてみて下さい。

リヴィング・イン・ザ・マテリアル・ワールド

2003年5月4日

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