2005年12月の日記

天才とはわずかに我々と一歩を隔てたもののことである。
ただこの一歩を理解するためには
百里の半ばを九十九里とする超数学を知らねばならぬ。
芥川龍之介

◆12月31日(Sa.) キッチェルトとすごす大晦日
いや、食べ過ぎた。朝から残り物のパンやらを毎食大目に食べ、年越しそばまで食ったらお腹がとても苦しい。危うく新年をトイレで迎えるところでした。お腹を壊している暇はないのだが…。

◆12月30日(Fr.) スクランブル
そろそろ最後の追い込み。特に最初の方の部分はぼろぼろなのでかなりリライトしないと…。改めて気合を入れなおします。

◆12月29日(Do.) 圧力夢
そんなわけで昨晩は24歳になって
はじめての夜だったわけですが
そんな夜に見た夢は

「深夜二時からの研究指導」

夢の中では深夜12時くらいから
徐々に研究室に集まり始め
深夜二時から研究指導開始。

みんな目も虚ろになりモーローとした状況の中
教授一人だけがやたら元気だったという
妙にリアルな夢でした。

いやあ、修論頑張ります…。

◆12月28日(Mi.) さて
あまり世間には知られていませんが、今日はぼくの誕生日。といっても時期が時期だし、今まで特に誰からも祝われた記憶はない(去年おととしの日記も参照してみると面白いです)。3日前の見ず知らずのナザレの大工の息子の誕生日は国民を挙げて祝うくせに。今年なぞはついに家族からも見放され両親は会社の忘年会、妹はバイトということで、一人家で昨日の残りのカレーを温めて食べたところです。

今宵の一曲はイーグルスの"THE SAD CAFE"。
「彼らの夢のうち幾つかはかない、
幾つかは消え去った。
幾つかはあとにのこっている
Sad Cafeのなかに」。

◆12月27日(Di.) 娑婆に出る
今日は久々に外出。いやー、自転車をこいだだけで息があがったのにはびっくり。もうちょっとアクティヴにならんとまずいですな。

大学に着いたら、まず図書館に行き、そのあと少し時間があったので商学部の教員図書室へ。しかし、財布の中を見たら百円玉がない!やむを得ず先に買い物をしたんだが(なくなりかけていた蛍光ペンの補充液)、わずか200円の買い物で万札を出すという暴挙に出てしまった。しかももう閉室時間だったので図書室には戻らず。まあ必要なデータはネットから落とせたからよかったんだけど。

そのあとバックナンバー書庫でシュピーゲルのバックナンバーをひっくり返して、読みもしない記事をいくつかコピー。やっぱりというべきかコピー機の前は長蛇の列。こっちは必要な記事を特定すのに時間がかかり閉館すれすれまでいたので、さすがにそのころにはがらがらになってはいたのだが。

今日はそのあとQちゃんのライブ。いや、なかなか腕を上げていたのでびっくりでした。

◆12月26日(Mo.) フリーズ
そんなわけで今日は読み返しながらちまちま手を入れてたわけです。そしたら突然ワードがフリーズしあえなく強制終了…。幸いとんだのは直前に手を入れた数行ですんだけど、一瞬ヒヤッとした。バックアップはこまめにとらないといけないなあと思った次第です。

◆12月25日(So.) 一応…
「完成っ!」
いやまあ、一通り書いたってだけで、まだ色々と手をいれなならんのですが、一応ドイツ編の筋書きはできた。細かい注とかを入れなおしたりして、調整してるんだがやっぱり文字数が増える一方(苦笑)。本文だけで25,000字くらい。脚注入れたらなんて恐ろしくて数えられない。デンマーク編と英国編を考えると殆どが事例研究で埋まりそうな気がする。

それと問題なのはコピーしてきて読んで引用したまま放置している論文の山。書誌データをつくらないといけないんだけど、ドイツ語とか打つのがめんどくさい。ウムラウトはまだいいんだけどなぜかZとYの位置がドイツ語配列だと入れ替わったりするので油断ならん。

まあ、これでお正月を返上すれば何とか論文の形態にはなるんじゃないだろうか。

◆12月24日(Sa.) 少し先が見えた
まだかなり手は入れないといけないのだが、ようやくドイツ編の終わりが見えてきた。まあ本当は「完成っ!」って感じで今日の日記を書きたかったんだが、やっぱまだまだ…。まあいつまでも引き伸ばせないので何とかせんとねえ。

◆12月23日(Fr.) まずいなあ
本来であれば終わっているはずの部分(ドイツについての章)の執筆が全く終わらない。時間的な問題もさることながら、このままだと分量的にもおかしなことになる可能性がある。終盤に向かえば向かうほど分量が増えるというなんともアンバランスなものになってしまう…。う〜ん、どうしたものか。

◆12月22日(Do.) おじゃ来襲
そんなこんなでやる気が出たので修論を進めようと思ったところ、必要な文献が少したらないことに気がついた。というわけで少し文献を漁りに今日は大学へ。さっさと済ませて暖かいうちに帰宅しようと思ったんだが、図書館やら教員図書室やらぐるぐる回っているうちに気がつくと夕方。この非合理なシステム何とかならないのだろうか。まあ合理化したらしたで、また問題が生じるのは各国の政治が教えてくれるところではあるんだが。

そんなこんなで帰ろうとしたら旧友おじゃる君から電話。なんでもコンサートを聞きに上京してきているという。急遽後輩のS田君と三人で大学近辺でお茶。いつもいつも事前予告なく突然現れるので都合がつかないことが多いのだけど、今回は無事に会えてよかった。

◆12月21日(Mi.) ポカ
今日は研究指導の補講。13時開始の予定だったのでそれに合わせて行こうと思ったら11時に某指導教授からメールが…。
題名:おーい
本文:今日の研究指導は何時からだったかな。10時40分に来たら誰もいなかった。(以下略)。
しょうがないのであわてて荷物を引っつかんで大学へ向かった。途中で報告者のСЕКИさんから当初の予定通り1時開始になったと連絡が来て事なきを得たわけですが。先生もそろそろもうろくしだしたのかもしれない。

研究指導はまあそんなドタバタもあり、また自分の研究がはかばかしくない事もあり、あんまり準備せずに行ったので印象的なことしかいえなかったのだが(СЕКИさん、ごめん!)、しかし研究指導ってのは知的好奇心を刺激される場だなあと改めて実感。数時間一つの場所に詰め込まれて、一つのことを(強制的に)考えさせてもらえるっていうのは実に楽しいことである(頭に汗をかくって言うのかな)。とくに今日はСЕКИさんのすばらしい論文があったのでなおさら。

昨日からちょっと嫌なことがあっていまいちな気分だったんですが、自分の論文に取り組む「やる気」を今日はもらえた気がする。

◆12月20日(Di.) トナー購入
ちょっと前からそろそろトナーを変えてくださいという表示がプリンターに出るようになった。で、さすがにこの時期にトナーが切れたりすると大変なことになるので(某指導教授の言葉をフレージングすれば「書いても滅びる」ことになりかねない)、一昨日某熱帯書院に注文。本日無事荷物が到着した。これであとは印刷されるものを書くのみである。これが大変なんだけれども…(今日は某環境問題の権威に「冬休みは楽しんでください。まあ修論書いている人はそうも行かないかもしれませんが」と皮肉たっぷりに言われてしまった)。

◆12月19日(Mo.) 閉じ込められた
今日はTA納め。なぜか試験監督にまで狩り出されたけど、まあ今年最後だし、働いてあげました。通常業務の他に試験監督もやったのだから(勤務時間は変わらないけど)、給料上げてもらえないだろうか…。

そんなことを思いながら高田図書館でSPD党大会の議事録を借り、中央図書館でタイトルのフレーズを借用するためだけに(中身は一文字だって読む気はない)ドイツ語論文をコピーし、今日は我ながらなかなか臨機応変に行動したと満足して帰途に着いた。
ところが池袋で埼京線に乗り換えた直後に悲劇は起こった。出発してまもなく車掌さんが「ご乗車いただきましてありがとうございます。云々」と車内アナウンスを始めたとたん速度が落ち始め、まもなく停車。なんでも踏切で車が立ち往生したとかで、十数分、足止めを食らった。
足止めを食らったのも嫌といえば嫌だが、やはりこういう事態に遭遇すると近頃の鉄道事故が色々と頭をよぎるものである。今回は何事もなく済んだようで何よりであった。

◆12月18日(So.) あだ名バトン
別に修論を書いていたというわけでもないのに更新を忘れてしまった。
というわけでほうkから回ってきたあだ名バトンでもやってみます。

■Q1■ あなたは親になんて呼ばれてますか?

「ひろ」ですかね。ちなみに「かず」は家族四人中三人につくので親戚中を見てもこっちで呼ぶ人はいないです。


■Q2■ 異性から何と呼ばれてますか?

う〜ん、名字以外で呼ぶ人いるかなあ。
あ、「みうくん」はいるかな。


■Q3■ 最近よく言われるあだ名は?

「みう」、「みうくん」、「メガネ」くらいかなあ。
基本的にはみんな名字で呼ぶかと…。


■Q4■ 友達につけられたあだ名を教えてください。

思い出せるだけですが
「カズ」、「みうみう」、「さんたろう」、「さん」、「みう」、「メガネ」、「みつうらくん」、「みうくん」
くらいかなあ。

まあしかし、なんともバリエーションのない…。

「みつうらくん」というのは高校の教育実習に来てた先生がなぜか毎回ぼくのことをこう呼び(読めない名字じゃないと思うんだけど…)それがあだ名として定着したもの。

「メガネ」はほぼ全員眼鏡をかけていた囲碁将棋部でなぜかぼくだけにつけられたいまだに謎なあだ名。

「さんたろう」はなんでついたか不明。おそらくぼくが友人のことを「だいごろう」と呼んでいた(これもなんでそう呼んだか不明)からそれに対応してつけられたのではないかと。


■Q5■ あなたが一番気に入ってるあだ名を教えて。

気に入ってるわけではないけど一番思い出深いのは「みうみう」かな。
厳密に言うと友人ではなくて小学校の先生につけられたんですが、卒業文集を作るときにどういう表記にするかでもめてクラスで話し合った記憶がある。

「みうみう」にするか「ミューミュー」にするかで議論になり、ぼくの意思としては「みうみう」がよかったんだけど命名者である先生の意見もあって「ミューミュー」に、ただ表記だけはぼくの希望を入れてひらがなになった(「みゅーみゅー」)。
それ以来基本的には「みうみう」で通すようにしている。


■Q6■ バトンを渡す5人

@リーダー、sin、
暇があったらやってみてくださいませませ。

◆12月17日(Sa.) かなり笑った
何気なくアクセス解析をしていたら「だめ院生」なる語句で検索して当サイトにたどり着いた人を発見。いったい何を調べたかったのか…。

◆12月16日(Fr.) Howl's Moving Castle
修論が全く進まないにもかかわらず、ついつい妹がゲオで借りてきた「ハウルの動く城」などを見てしまった(苦笑)。

◆12月15日(Do.) 彼はです
明日は研究指導が休講なので心置きなくデンマーク語の授業に出席することができる。というわけで、今日は帰宅後コタツで睡魔と闘いながらデンマーク語の予習をしたのだが、どうも一文全く理解できない文がある。どう考えても動詞がないのである。おっかしいなあと散々悩んだのだが、しばらくしてとある事実に気付いた。「ドイツ語で読んでる…」。
うちの先生によると「ドイツ語の方言」であるデンマーク語だが、特殊文字とかが違うし普段は間違うようなことはない。しかし、コタツの熱で朦朧としていたせいかデンマーク語のbe動詞であるerをドイツ語の「彼は」にあたるerと勘違いしていたのである。「〜である」となるべきところを「彼は〜」と訳していたのだから、そりゃあおかしな文章になるわけだ。
お隣の国なのに似ているようで異なっているのでややこしい…。

◆12月14日(Mi.) 行けるか?
今日はドイツ語の授業。一応当たっていたので前日にメールで報告を流したのだが、やはりというかなんというか、自分のところまでは回ってこなかった。

問題なのは今日で今年の授業が終了するということ。つまりぼくの報告は新年に持越しとなるのだが、まずいことに授業の予定日は修論提出の前日である。やっぱり、なんだかんだ言って行けないって気がする。まあ先生は優しく「来なくても構わないよ」と仰ってはくれたのだが。今のうちに頑張っておきたいところである。

◆12月13日(Di.) 外務省のラスプーチン
今日は七限の授業。なぜか直前に色々な人に会い「これから授業」というと結構驚かれた。さて、この授業はいつも早めに大学に来てしまうので某昼夜開講学部の学生読書室で10数分暇をつぶす必要が生じる。まあ大体『世界』やら『創』あたりを読むことになるわけである。
で、最近面白いなあと思うのが『世界』に連載されている「外務省のラスプーチン」こと佐藤優元外務省主任分析官の「民族の罠」。今月号をぱらぱら見るとナショナリズム論なのだが、ちゃんとスミスとアンダーソンの比較をしている(しかも的確に!)のである。その上、今日は時間がなくてきちんと読めなかったのだがマルクスの『資本論』にまで話は及び、講座派対労農派の対立に始まる研究史も的確に把握しているようである。なんでムネオにあんなに肩入れするのかはよくわからんが、とにかくよく勉強しているし、とても頭がよさそうだ。確か氏には著作もあるはずなので修論が終わったら読んでみたいところである。
ちなみに佐藤優はぼくの高校の先輩だったりするんですが、うちの先生によると「私の尊敬する外務省職員で、貴君の高校の先輩」らしいです。

◆12月12日(Mo.) 瀬川四段
とりあえず勝てて何よりです。

◆12月11日(So.) 頭痛が痛い
なんでかわからんが偏頭痛になってしまった。今日は殆ど勉強がすすまなそう…。修論のドイツ編も無駄に長くなりそうで全然終わりが見えてこないし…。

追記:偏頭痛、こんなに重度のは久しぶり。動くのがやっとの状態。今日は修論を進めるのはあきらめました…。

◆12月10日(Sa.) 予防接種
念には念を入れて、インフルエンザの予防接種を受けてきた。この冬はうっかり寝込むわけにもいかないし…。

◆12月9日(Fr.) Herzlichen Glueckwunsch zum Geburtstag!
あひくん、誕生日おめでとう!きっといい誕生日になったと思います。

◆12月8日(Do.) Kaerlighed og fred
ジョン・レノン、没後25年。
人々が平和に暮らす世界はまだまだやってこなさそうだ…。

◆12月7日(Mi.) うっかり
今日は2限にドイツ語の授業の後、勉強会。勉強会は全く無勉強の状態で臨んでしまった。まあ時期が時期だけにしょうがないけども、皆さんには悪いことをした。この場を借りて陳謝いたします。申し訳ない。
ドイツ語の授業はいつものように五分ほど遅刻して入室。これまた例のごとくあやしげな訳文をつくり上げて報告した。A先生はI先生と違い、すぐには駄目だしせず、一緒に考えてくれるとても優しい先生である。終了後、次週の報告者が足りなかったのでうっかり手を挙げてしまった。本当は猫の手も借りたいほど忙しいのに…。

◆12月6日(Di.) ドイツ人の日本語
今日は七限でドイツの環境政策についてドイツ人が来て喋っていった。決して上手い日本語ではなかったが(「〜なんですよ」が「〜なんすよ」になってしまっていたので、下手な若者言葉が移ってしまったのではないかと一瞬保守主義者になって日本語の将来を憂いたのだが、常に「ん」の次のだ行が抜けていたところを見ると発音が難しいだけのようだ)、日本との比較から環境問題における基本概念からNPOの組織形態にいたるまで幅広く話してくれて実に面白かった。やっぱり面白い話というのは人をひきつけるものであっという間に一時間半が経ってしまった。毎週面白いネタを持ってくるのは大変だろうが、担当のT先生もこれくらいの話術を持ってくれるといいのだが…。最後に質疑応答で少し発言したのだが、面白いものやたらとしっかりとした発音でしゃべっている自分がいた。

追伸:もうすぐ一万ヒットのようです。もし一万ちょうどを踏んだ人がいたら何らかの方法で教えてくれるとうれしいです。

◆12月5日(Mo.) なんか
ドイツ語を読んだあとに英語を読むと自分が天才になったような気分になれる。

◆12月4日(So.) 一日中
ドイツ語漬けである。正直なところ単なる選挙研究なので目新しい情報はないので(日本にも優秀なドイツ研究者がいっぱいいらっしゃるので)、ドイツ語文献を引用するという見栄のため(変換したら「三重のため」になった;笑)だけに読んでいる気がしないでもない。なんとか形式的にでもものにしたいところである。

◆12月3日(Sa.) 結局
鼻水が止まらないので耳鼻科に行くことにした。まあ、毎年この時期になると通っているので、型通りの診察(と治療)をしてもらって薬をもらってきた。この時期だし用心しないと。

◆12月2日(Fr.) 一世紀前の誤植
今日はデンマーク語の授業。このところドイツ語漬けになっているぼくとしては似て非なるデンマーク語は戸惑いながらの授業である(例えば数字の読み方とかがパッと出てこない)。そんなわけで今日はつっかえつっかえな授業だったのだが、特につまったのが一箇所あった。ある文の中に、動詞が二個あるのである。予習しているときから「意味がわからん」と思っていたのだが、先生にたずねたら先生も考え込んでしまった。文法上ありえないeがあり、どうしても解釈できないのだ。誤植かもしれないということで、先生が研究室からひげ文字で書かれている古い本を出してきたのだが、やはりそのまま。結論は(その本が出された)1890年から訂正されずに残った誤植。
こうして残るってのが出版物の怖いところである。我々の論文の類もひょっとしたら100年後に誰かが誤植を発見するかもしれない…。

◆12月1日(Do.) うっかり
のっぽさんが歌ってるのを見てしまった…。

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